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気まぐれに書評とか。

【書評】『街場の中国論』

内田樹による中国論。日本のガバナンスと中国のガバナンスの大きな違いや、謎めいた毛沢東の政策に対する内田樹なりの解釈が書かれている。「異形の大国、中国」を理解するには面白い一冊。

内田樹氏による中国の授業をまとめた一冊である。ご存知の通り、内田氏は決して中国史や中国文化の専門家ではないが、「専門家ではないからこそ見える視点があるのではないか」というスタンスで本書は進められている。

ひとことで本書をまとめるならばやはり、日本と中国では、大きく統治に関する考え方が異なっている、ということになるだろう。日本人側から中国を理解しようとしても難しい。というのも日本は明治維新以降、もう長いこと西洋のロジックの中に組み込まれてしまっているが、中国は西洋のロジックからは少し距離をおいたところにいるからだ。だから我々は、一旦「日本人であること」を「かっこに入れて」、中国について議論する必要があるのである。

この本は2005年ごろに書かれたものだが、中国との関係は今のほうが以前よりも悪くなっていると思う。とりあえず個人的な好悪の感情などは「かっこに入れて」、冷静に中国の国家戦略や外交戦略を分析するべき時期がやってきている。そもそも中国という国は、日本と比べてあらゆる面で考え方がことなるのだから、ゼロベースで理解するようつとめなければ永遠に理解できない国なのであろう。

「王化戦略」を理解しなければならない

本書内で特に気になったのが、中国の「王化戦略」というものである。これはつまり「中華思想」のことであるが、要するに中央を中心として、周縁には北方民族などが存在し、さらに外側には朝貢国が存在するという思想のことである。ここで大切になってくるのが、中国は王化戦略の考え方故に国境を曖昧にしたがる傾向にある、という点だ。

尖閣諸島問題も台湾問題も、「国境を曖昧なままにしておく」というロジックのもとで対処されていた。ところが昨年、日本は(中国ロジックの)その禁忌を犯してしまったのである。国有化とは国境を明確に策定するということであり、これは中国側の統治ロジック(王化戦略)には反する考え方である。以上を踏まえれば、それに激昂した中国が今、尖閣周辺の海の侵犯を行っている、という理解の仕方が可能になる。

実は中国を勘違いしているのは我々なのかもしれない、とこの本を読みながら感じられた。

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」

私は内田氏のような中国の政治や統治へのアプローチ方法に賛同する。まったく異なる相手なのだから、まずはきちんとどういう思想を持っており、どういう意図で動いているのかを分析する必要がある。分析なくして適切な外交戦略を日本が練り上げることは不可能だろう。官僚も賢いから、もうすでにその点には着手しているとは思う。が、一般の人はまだまだ中国を「嫌い」「理解し難い」としか思っていないように感じられる。自分たちの舞台に登らせて対等に戦ってやろう、という考え方は中国には通用しない。彼らは彼らの独自で独特なロジックを突き通しにやってくるだろう。それに対してどう対処するかが、今日本人には問われている。

私自身は、相手のロジックをまずは理解した上で、そのロジックに下りられる部分では譲歩し、どうしても譲れない部分では徹底的に議論をするべきであると考えている。その際、好き嫌いは「かっこに入れて」、冷静にお互いの国益を考える姿勢が必要だ。

中国も日本も同じ東アジアの一員であるから、文化や思考は少なからず似通っている部分が存在するはずである。その落とし所を探る作業をきちんと行うためにも、中国の政治や外交ロジックを理解するよう努める姿勢は、今後重要性を増してくるだろうと思う。

もちろん、中国という国は「曖昧」が好きだから、「曖昧」なままやり過ごそうとするに違いない。それでいいのである。「曖昧」なうちは、中国は手を出してくることがないというのは歴史的にもそうであるから。「曖昧」のメリットにも、日本人はもう少し自覚的であるべきだ。

有名な『孫子』の一節であるが、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉こそまさに、中国外交に対抗するためには絶対に必要な姿勢なのである。