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気まぐれに書評とか。

【書評】『一勝九敗』

夏といえば、本屋が文庫本でにぎやかになる季節である。今年も角川や新潮社などといった出版社が、文庫本フェアを行なっている。読書感想文の季節だからだろう、小説のラインナップが心なしか多いと感じる。

私は小説をあまり読まないタイプだった。というのも、小説はどうしても即効性にかけるからだ。役に立たないものは今まで排除してきた。仕事をしている間はどうしても、小説で心を豊かにしようという思考が薄れてくる。

最近は少しその風潮も変わってきたと思う。誰かが書いたエッセイや自伝、さらには『グレート・ギャッツビー』や『伊豆の踊子』など、いわゆる文学系にも手を伸ばし始めている。いい傾向だと自分自身は感じる。

そんな中出逢ったのが、ユニクロの柳井社長の書いた『一勝九敗』という本だった。この本は失敗の大切さを書いた本である。一勝九敗というタイトルには、「自分は十回勝負をしてきて九回は負けてきた」という彼のことばに由来する。ユニクロ創業から2004年頃までを述懐した本だ。

本書の一貫したメッセージは、とにかく失敗することの大切さである。そしてそれと同じくらい、失敗を分析して検証し、それをいかすことの大切さが書かれている。柳井社長は本書のなかで、しきりに失敗をいかすことを語っている。「失敗の質が大切なのだ」と、彼は熱弁する。

いい失敗というのは、失敗した原因がはっきりわかっていて、この次はそういう失敗をしないように手を打てば成功につながるというもの。「失敗の質」が大事だ。

本書中でも出てくるが、シリコンバレーには失敗を礼賛する空気があるらしい。「若いうちにたくさん失敗せよ」――シリコンバレーに関する本を読んだことのある方なら、一度は目にしたことのあるようなメッセージである。

だが、失敗は「ただの失敗」ではダメだ。「次に生かせる失敗」でなければ、それはただのバカなのだ。そして、同じ失敗は二度と繰り返さないこと。そのために対策をきちんと考え、それを実践すること。「失敗」というプロセスは、ここまでを包含する。

柳井社長は『現実を視よ』という本も出版しているが、それくらい彼は現実思考の強い人だと思う。本書にもその緊張感が流れている。今の日本企業はどうも現実離れした思考をしていることが多いと感じられるけれど、多くの企業が苦境に立たされている今だからこそ、この本を読み返す価値はあると思う。