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気まぐれに書評とか。

読了後、精神年齢が少し上がる(かもしれない)――『月と六ペンス』

買ってしばらく経ってしまっていましたが、ようやく読み終えました。あまりに有名すぎる本。サマセット・モームの本。「六ペンス」とは富の象徴で、その意味かと思ってWikipediaを開いてみたら、そうじゃないらしいです。月とは夢のことで、6ペンスとは現実のこと、だそうです。そういえば Sixpence None the Richer というアーティストがいるけれど、その6ペンスとは意味が違う模様。たしかに、と本書を読了してから思いました。

Sixpence None the Richer は Kiss Me という名曲がありますね。この曲も、中に moon light とか月に関連する詞が出てきて、もしかしてこの本と関係ある?と思うかもしれませんが(げんに、読む前は思いました)、読了後わかるとおり無関係のようです。


Sixpence None The Richer - Kiss Me (Official HQ)

この本は、とくに若い女性に読んで欲しいです。とくに、恋愛経験の少ない女性に読んで欲しい。あるいは、最近男に傷つけられた女性にも。そして何より、男心がさっぱりわからない女性に読んで欲しい。女心もなかなか難しいですが、それと同じくらい男心というやつも難しいです。反故にするとすぐに女は捨てられます。その際、男のほうがより残酷に捨てると思います。そのことがよくわかります。

男心の核心をひとことで表すというのは愚かな行為かもしれませんが、誤解を恐れずにひとことで表すなら、「放っておいてくれ」ということです。男はプライドの高い生き物で、自分の世界をあまり干渉されたくない生き物です。それはストリックランドの振る舞いを見ていればわかるでしょう。自分の世界とはどういうことかというと、自分の理想です。それを失った時、あるいは邪魔をする女が現れた時、「放っておいてくれ」という気持ちになるのです。

それはすでに結婚した妻に対してでも容赦ないときがあります。女も確信を持つと突っ走って人のいうことを聞かなくなる傾向にありますが、男も同じなのです。ただ男と女とで唯一違うところがあるとすれば、女は多少の情を持って「捨て」ますが(それが「距離を置く」なんていう行為になって現れる)、男はバッサリと切り捨てます。情よりも自分の理想が優先されます。ストリックランドを見ているとわかると思います。

男の生きざま、というやつは次の一節によく描かれています。そして、それは多くの女性の感覚とは相容れないものだと思います。だからこそ、男女はどこまでいってもわかりあえないのです。いうなれば、別の惑星から来た生き物なのです。

安定した生活に社会的価値があることも、秩序だった幸福があることもわかっていた。それでも、血管をめぐる熱い血が大胆な生き方を求めていたのだ。安全な幸福のほうにこそ、空恐ろしいものを感じていた。心が危険な生き方を求めていた。

一方で暖かい家庭を持ちたいと思いながら、他方では仕事で成功を収めてお金をたくさん稼ぎたい、という矛盾した願いを抱いている人間がいるものです。もちろん、男女問わずです。人間とは本来矛盾した存在であり、気まぐれで、一筋に説明することが難しい存在でもあります。

サマセット・モームはそんなことはお見通しで、次の文章を本書の中に残しています。

わたしはまだ、人間がどれだけ矛盾に満ちた生き物なのかわかっていなかったのだ。誠実な人間にも偽善的な面は多くあり、上品な人間にも卑しい面は多くあり、また罪深い人間にも多くの良心がある。

そんな難しい存在に対して、自分の小さな色眼鏡でもって人を判断しようとするから、その人の一言で勝手に傷ついて心を閉ざす。そもそも人と接する際の前提が間違っています。「そういう人なんだ」というくらいの心持ちで他人には接しないと、精神がいくつあっても持ちません。

普段は優しい人でも、突然怒りたくなることだってあります。小さなことにムッとします。一方で、怒りっぽくて常にイライラしている人でも、優しい面を持ち合わせていたりします。誠実そうに見えて、意外に浮気症という人もいるくらいです。人間、ひとつのカテゴリに収まらないくらいいろんな性格を持った人がいます。

そういうことを教えてくれるという点で、この本は読み終えると精神年齢が少し上がるかもしれない。そんなことを思いました。

月と六ペンス (新潮文庫)

月と六ペンス (新潮文庫)