読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

multiplus

気まぐれに書評とか。

PSFで学んだこと

このブログでプライベートのことを書くのははじめてかもしれませんね。

まだ大学の卒業が確定してはいませんが、所属していた組織はこの間引退させていただきましたので、簡単に振り返りをしておこうと思います。

(なお、振り返りのプレゼンでは時間が短すぎて何も語れないと思ったので、あえて抽象的なことのみを話しました。それと、準備不足で何も話せなかったぜ!)

まず、所属していた組織はPSFです。Professional Student Firmといいます。成果の出せる人材を育成し、日本の経済を活性化しようみたいな大まかな目標がある団体です。内実は学生向けビジネススクールです。

私はここでまず、「GIVEの精神」「成果軸」「相手主義」という言葉と出会いました。GIVEの精神とは、無条件の愛です。他者に何かを与えることを重視し、見返りを求めません。成果軸とは結果にこだわるということです。相手主義とは、相手の立場に立って考えることです。これも愛に近いですね。

「他人」という壁とぶつかる経験

これらの価値観との出会いは、正直私自身の考え方をまるごと変えるに等しい経験でした。そもそも私はどちらかというと他人に興味のない、自分の世界にこもっている傾向の強いタイプです。どうも「自分は一人で生きている」という考え方が強かった。実際、結構ひとりよがりな物の見方をしていましたね。

それが、PSFで実際にチームを組んで活動するにあたり、どうしても「他者」という壁とぶつからざるを得なかった。他人は自分の分身ではありませんから、思った通りに動いてくれません。自分と同じ頭の回転を持ってはいませんから、どうしてもそこに錯誤が出てきてしまいます。

マネージャが相手主義に立たないとチームは回らない

そうなったとき何をすべきか?答は、「相手主義」にありました。しかし、相手の立場にたって考えるというのは抽象的な言葉で、ほんとうに難しい。

少し説明しましょう。たとえば、自分の言ったとおりに動いてくれなかった。これは、自分を中心とした考え方です。相手の立場に立ってみると、「”自分”の言っている指示が抽象的でよくわからなかった」と推測を立てることができます。これが、相手主義という考え方です。つまり、自分を中心に現象を捉えるのではなくて、相手の心のなかを推測して現象を捉えるようにする。相手の目を通して自分を見る感覚。これが、相手の立場に立つということです。

この感覚は、私がセクションの長になってチームをマネジメントしなければならないときに本当に大切だと痛感しました。「なんか最近チームマネジメントがうまくいかないな」「なんか、メンバーから怒られるな」。そう思った時、振り返ってみるとだいたい「相手軸」が足りていなかった。そこで、次の週は相手のことを考え、相手の望んでいることを推測して実際にやってみるようにした。そうしたら、チームが円滑に回るようになったんですね。ここから、相手軸・相手主義というのはマネジメントにおいては必須だ、ということを学びました。

仕事は人とするものだと自覚すること。他者なしで仕事はできない。

結局、仕事というのは人がいないとできません。一人ではムリです。私だって、おそらく一人だったらまともに仕事ができなかったでしょう。先輩が仕事を取ってきてくれなかったら、多分仕事ができていなかったでしょうね。私には、残念ながら人懐っこさがないからです。でも、私には技術があった。こうやって人は、というかチームは、お互いの得意分野をすりあわせながらひとつの成果を成し遂げるのです。だから、相手主義というのは、円滑にチームを運営するために、そして仕事をして成果を出すために欠くことのできない価値観なのです。協力するための必須条件ですね。

そしておそらく、人は一人では生きて行けないということからもまた、相手主義は重要です。生きるためにも必須の考え方です。そして、思った以上に実践することが難しい考え方でもあります。

結果にこだわれ

私は残念ながらまだまだこの思考が甘いです。どうしても、「このへんでいいかな」という思考をしてしまいます。今までそのことで注意されたことがなく、中学時代や高校時代も、結構手を抜いても先生が「これはすごい」なんて言ってくれちゃうもんですから、適当にやっておけばいいという思考が染み付いています。でも実際のところは、自分は全く全力を出し切っていないことを自覚していましたから、物足りなく感じていました。

しかし最近ではどうも手を抜くと結果が出せなくなってきました。所属していたチーム外での話ではありますが。そういう環境に辿りつけたのだと思います。ここからが真剣勝負です。これは自分の力を伸ばすチャンスだと思っています。やっと、手を抜いても評価されない環境に来ることができました。

結果にこだわるとは、コミットメントのこと?

ところで、結果にこだわるとはどういうことでしょうか。それは、コミットメントを守ることではないかと思います。コミットメントとは日本語で言うと約束のことです。期日までに仕上げますと言ったのであれば、それをきちんと守る。それがコミットメントです。もちろん、売上目標などもこのコミットメントに含まれます。

結果にこだわるというのは、プロフェッショナリズムだと思います。プロフェッショナリズムとはつまり、努力をしたとしても、結果が出せなければ、ダダをこねずに「出せませんでした。申し訳ありませんでした」ということでしょう。努力しただけの自分を褒めない。ここから先、努力するのは当たり前なのですから。その上で、どう工夫して努力し、結果を出すかが重要になってきます。だって、会社は自分に費用をかけているわけですからね。それに対して報いるのが正当なのではと思います。

「結果にこだわる」という言葉の意味は、人それぞれ捉え方が違うでしょう。人それぞれでいいと思いますが、私はこう考えています。内定先も、同じように考えています。会社の価値観として示された「コミットメント」の考え方を知ったとき、私はこの会社に決めようと思いました。

見返りを求めず、怒らず、耐え忍んででも、与えること

GIVEの精神と聖書の関係性

GIVEの精神という言葉の意味はまだよくわかっていません。ただこの言葉は、聖書の一節に近いのかなと勝手に解釈しています。それは、次のようなパッセージです。

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。 愛は自慢せず、高慢になりません。 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、 怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。 (コリント人への手紙)

聖書の「コリント人への手紙」という箇所に書いてある言葉です。ここでは「愛」について語られています。loveの意味ではなく、友愛あるいは隣人愛の意味で使われている「愛」です。これがGIVEの精神なのではないか…と思っています。

あとは、PSFで教科書に近い存在として指定されている「GIVE&TAKE」というビジネス書に書かれている内容も、GIVEの精神を端的に表していると思います。表しているとは思いますが、あの本の内容にはどこか功利主義チックなものを感じてあまり好きにはなれませんでした。だから私は、聖書のほうで考えることにしています。

ただ、GIVEの精神という言葉は最も難しい。そして、実現できたら最も美しい言葉でもあります。しかし、私がこれを理解するにはまだ若すぎる気がしました。なぜなら、与えられるものがまだないからです。与えられるものを手にした時にもう一度この言葉を思い浮かべたら、理解できるのでしょうか。その点については今後の課題ですね。

長いこと理念の話をしてきましたが、ここからは雑感をお話します。

人としてのところを大切に

「人として」をよく語られました。「人として」の部分は、率直に言って、他人からの「信頼」を失わないために必要なことです。ビジネスは「信頼」がなければ円滑に回せません。

「○○大学の学生」という肩書で活動していたら成果を出せていたのに、社会人になった途端に沈んでしまう先輩を何人も見てきました。それくらい、肩書を始めとする「信頼」は必要になってきます。裏を返せば、多少遅刻が多くても、肩書さえあれば信頼される世の中だとも言えます。でも、そんな人、肩書を失った瞬間にただの人ですから。意味がありません。より本質的な部分に着目すべきだなと勝手に思っています。

肩書きなしでも信頼される人とはどういう人か。それこそが、「人として」の部分がきちんとしている人です。私はこういう人になりたいかなと。自己紹介する際に「○○会社で○○をやっている○○です」と語るよりも、「○○です。今は、○○会社で○○をやっています。将来的には、○○な人間になりたいと思っています」と自己紹介したほうが、カッコいい。私が夏にインターンにいったコンサル会社では、後者のような人こそが本質で、うちの会社はそういう人を求めているということを明確に言っていた。後者のような仕事の仕方で活躍するためには、肩書きなしで信頼される人でなければならない。だから、人としての部分がとても重要なのです。

肩書きなしで信頼されるにはどうしたらいいでしょうか。具体的に「これ!」というのはありません。もはや日々修行です。気持ちを引き締めて、他人を雑に扱う事のないようにしなければなりません。他の人への配慮を忘れてはいけません。信頼されるに足るよう、日々勉強をし続けなければなりません。本当に難しいです。けれど、これを10年、20年と続けていったら、きっと頂上から見える景色がまったく異なっていると思います。*1

そうなれるように、毎日生きていくことを決めました。

まだまだ書き足りませんが、4000字を越えてきたので、一旦ここまでにします。次は、「大学生活で学んだこと」にしようかと思っています。

みなさん、どうも読んでいただいてありがとうございました。

*1:というか、さらにいうと、上みたいなことはカント先生に叱られそうですね。目的のための手段として「人として」を重視してはならない。もはや、自分の内なる道徳律のために、人としてを大事にしなければ。

広告を非表示にする