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気まぐれに書評とか。

『7つの習慣』第5の習慣

 やはり、自分の所作を見直すには『7つの習慣』に立ち返ることですね。僕は、最近は、「何かあったら7つの習慣に戻ろう」が原則となりつつあります。聖書よりわかりやすいな、より現代寄りだな、という理由からなのですが、しかし、読むたびに示唆に富んでいますね。

 今朝読んでいて、少し心打たれた章があります。それが、「第5の習慣(理解してから理解される)」という章です。理解してから理解される。とくに「理解する」こと。これが、意外に難しいんだな。

 どうしてかというと、人は無意識に、どうしても「自分のメガネ」にかけてから相手の発言を吟味して返すようにしている生き物だからです。これは仕方がないともいえる。ある種の防衛本能だから。つまり、自分の精神を守るために、フィルターをかけることで相手の発言をストレートに心に入れないようにする。人間はご都合主義なのです。

 けれど、この習慣は「気付き」そして「新たなパラダイムに変える」必要がある。なぜかというと、変えなければ様々な人間関係のトラブルを生むからです。本書ではしきりに親と子の会話の例が登場していましたが、「理解していないのに理解したように行動している」ゆえに人間関係にトラブルを引き起こした例としては、本当に適切だと思う。これ、うちの親なのです。親がそのまま本の中にいるぞ、という気分になりました。

理解してから理解する、は、なぜ必要?

 「理解してから理解する」の本当の必要性は何かというと、人を見下さなくなるというところにあるのではないでしょうか。親と子の例のように、親が子を「自分より下の立場の人間だ」と考えていたとしたら、あのような会話になってしまう。しかし、親が子を一人の人間であり、尊重されるべき個だと捉えていたとしたら、あのような会話にはならない。僕らも、たとえばどこかの企業のお偉いさんが話している話は熱心に聞こうとしますよね。なぜなら、その人を(肩書によって)無意識に尊敬しており、「何かすごいことをいうに違いない」と思いながら傾聴するからです。

 相手が誰であったとしても「誠実な関心をよせる」というのは、カーネギーの『人を動かす』の中でも語られていたことですね。これは、「理解してから理解する」という習慣と、非常にマッチしていると思います。であるから、「理解する」ことに必要なのは、相手の尊重なのですね。

人が他人の話を聞く際のステップ

 ところで、第5の習慣の中では、人が他人の話を聞く際、以下のようなステップを踏んでいると分析しています。

  1. 無視する
  2. 聞くふりをする
  3. 選択的に聞く
  4. 注意して聞く
  5. 感情移入して聞く

 僕は、これはそのまま、相手の尊重度合いにつながると思うんですね。というのも、尊重度が低ければ無視や聞き流しをしますし、尊重度が高ければ高いほど、相手の感情を探ろうとしますよね。つまり、よく話を聞くようになる。もしも自分の話をよく相手に伝えたいと思うのであれば、まず自分の相手の中における尊重度を高める必要がある、ということもここからわかります。

 この相手の中における自分の尊重度を、7つの習慣の中では「信頼残高」という言葉を使って表している、と僕は考えています。相手の自分に対する信頼残高が少なければ少ないほど、相手は自分を尊重してはくれませんし、また、相手の自分に対する信頼残高が多ければ多いほど、相手は自分を尊重してくれるようになります。この信頼残高というのは、日々相手に細かいことを尽くしたり、約束を守るなど、基本的なことを繰り返すと溜まっていくようです。そして驚くべきことに、信頼残高の貯蓄に必要なもののひとつに「理解する」という項目があるんですね。

 逆に、相手との人間関係をこちらからの働きかけて円滑にしたいと思うのであれば、早急に自分の話の聞き方をレベル5にする必要があるということになります。相手に対して、あなたを尊重していますよという感情が伝わるからです。もっとも、感情移入というのは本当に難しく、本書でも強く注意されています。上っ面はダメだと。

 今日は朝から学ぶことが多かったので、この1週間、第5の習慣をいかしていきたいですね。

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