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気まぐれに書評とか。

SNSの扱いに困る日々(完全愚痴)

最近ふと考えていたのですが、SNSの扱いについて、これが結構めんどうくさいなと思うんですね。

というのも、今、SNS増えすぎでしょ。TwitterFacebookに、Google+に、さらにLINE(これを入れるかどうかは賛否あるかもしれませんが)などなど。

ハッキリ言って、僕はこれらすべてに目を通すのは相当時間の無駄だと思っています。まして、Facebookの他人の投稿ひとつひとつに「いいね!」押してるくらいだったら、本を数ページ読み進められる。

つまり、SNSが人びとの生産性を下げている可能性があると思っていたんです。

ちなみに僕はTwitterは結構使いますが、なぜTwitterだけを使うかというと、

他人のどーでもいい投稿や「誰々さんが○○しました」みたいなやつにリアクションしなくていいってこと

が気楽でいいなあと思うからなんですね。

その点、Facebookは人間関係の縮図みたいな状態になってて、それはザッカーバーグの狙い通りなのかもしれないけど、非常に息苦しい空間なわけです。

まして、「○○にいいね押して頂戴!*1」とか言われちゃうと、「強制するんですか?」みたいな感情を抱いてしまう。

ただ、ちょっと考えてみると、「これが時代の流れなのかな」とも思うんですね。

人間関係が可視化される時代の流れ。残念ですが、もしビジネスの最先端に乗りたいのであれば、こういう流れにはついていかなければならないのが世の常。

うーん、難しい。

ただ、Facebookは確実に人の何かを縛っている気がしますよ。

家族とお盆に話してても少し思いましたが、人はメールやメッセージに拘束されるようになってる。即レスが求められる時代になってきました。でもこれってよーく考えたら、20年前じゃありえない話。即レスとかバカでしょ。メールの虫ですか。猿かと。

SNSは、人間のライフスタイルの多様性を生み出しつつある一方で、人間の多様性を潰しているような気もする。「いいね!しなくちゃいけない」とか、「リプ返さないといけない!」とか。「既読無視はダメ!」とかね。

あえて時代の流れに逆らって、別の生き方や仕事のスタイルを模索してみる方が、案外うまくいくんじゃないかなあと思っているんですが、

どうしたらいいか今のところわからない。

これに尽きますね。

ただひとつ、言えることがあるとすれば、もし自分が何かしら新しいスタイルを生み出して、それをもとに仕事をうまく回せたら、実績を評価されて、そういうスタイルも認められるようになるってことですね。

だから、多様性の確保のためにも、この試みは成功させなきゃならんなあと思っております次第です。

*1:ちなみに、「いいね!」強制がキモチワルイと思った原因を探ってみると、「よくもないものにいいねを押したくない」という感情が入っていた気がします。「いいね!」を純粋に「いいもの」と捉えていた節があったようですね。しかし、現実の「いいね!」の使い方は少し違う。Starにしてくれると、こちらも押す際に抵抗がないものなのですが。