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気まぐれに書評とか。

なぜ古代ギリシアには優秀な人が集まったのだろうか

古代ギリシアには、そもそも去年の夏くらいから興味をもっていた。しかし、随分長いこと、べつのことにおわれていて興味を忘れていた。そんな中、先日見た映画「トロイ」で、再び古代ギリシアへの興味をもつこととなった。だから最近、古代ギリシアの勉強をしてみようと思った。

私が気になっている点は、古代の方が情報量も研究も圧倒的に現代と比べたら遅れていたにもかかわらず、なぜさまざまな分野において、古代ギリシア(とくにアテネが)あれほど優秀な実績を残すことができたのかという点だ。不思議でたまらない。

そこで考えてみた。まず私が考えたことは、優秀な実績を残せた=優秀な人が集まったのではないか、という点だ。優秀な人が集まって仕事をすれば優秀な実績を残せるはずである。したがって以下は、「アテネに優秀な人が集まったのはなぜか?」ということについて延々と考えていく。

ところで、優秀な人というのは、ここでは「思考力のある人」と定義する。つまり、物事について深く考えてみたり、限界まで突き詰めて考えてみたりできる人のことである。また、本質を見ぬくことができ、見抜いた本質からさらに新しい発見をできる人のことだ。これは今のビジネスシーンでもっとも求められている人と似たようなもののはずである。

それを確認したところで、それでは実際に理由を考えていってみよう。

まず、多種多様な人がアテネに大勢集まったということがあげられる。そもそもアテネ付近では交易が盛んで、したがってアテネは人の集まる交差点のような役割を果たしていたようだ。実際、アテネに埋葬されている人の人種について調査してみたところ、40%がアテネ以外に住むギリシア人、あるいはギリシア人以外の外国人だったのだそうだ。

これはつまり、今のアメリカのような状況がアテネにはあったということである。実際、現代における例としてアメリカをあげてみても、アメリカは「知の宝庫」としての役割を果たせている。ダイバーシティイノベーションを生む、というのは経営学でよく語られる話であるが、それは古代ギリシアに論拠を持っているのだと考える。

また、空間経済学的な観点からも、「人が集まることによる知の発展」を説明することができる。輸送コストなどの話は割愛するが、空間経済学に登場する「集積」の概念は、アテネが「知の宝庫」となれた理由についてよく説明できる。人が集まれば、それだけ知も集まるのだ。

このことについて考える際には、マット・リドレーの話が非常に参考になるだろう。

アテネの文化面も見てみたい。アテネの文化として特徴的なものに、「公共の場で大声をあげて論争する」というものがあった。現代の日本に置き換えて考えると、駅前でみんながみんな街頭演説に対して論争を展開するということである。想像してみるとなかなか奇妙な状況なのだが、アテネにはそういった文化があった。

そういった文化があったうえに、アテネが実現した民主政によって発言の自由が保証されていたこともまた、アテネが優秀な実績を残せたことの理由のひとつだろうと私は見ている。言論の統制をしてしまうと、それだけ人びとの発する言葉が画一的になり、画一的になるから人びとの思想も画一的になる。そうすると、ひとつの意見しか受け付けなくなるから、したがって知の発展はうまれなくなる。

最後に、これはもしかすると知の発展にとってもっとも必要なことかもしれないが、アテネの人びとには、比較的生活面での時間的余裕があったではないかと睨んでいる。というのも、彼らは家事雑事をすべて奴隷――アメリカの奴隷とは違い、比較的自由な奴隷だったと言われる――と呼ばれる人たちに任せ、自分たちは昼間議論にふけっているという状況だったからである。

現代に知の発展がうまれない、天才が現れないという嘆き声があがりはじめている。それを私は、現代の生活にはあまりにも余裕がなさすぎるからではないかと考えている。余裕がないというのは、目の前の「やるべきこと」におわれすぎているということである。『7つの習慣』に載っていたタスク分類方法「アイゼンアワー」によれば、「緊急かつ重要」なことにあまりに時間を割かれすぎているのである。7つの習慣でも語られていたように、大事なことは「緊急ではないが重要」なことをいかにこなすか、のはずである。ところが現代はそれができていない。ゆえに、知の発展もうまれにくくなっているのではないか。

ギリシア人たちの「議論」は、「緊急ではないが重要」の部分にまさしく分類される。かれらはこの領域の充実に務めた。それが積み重なって、アテネの大きな実績につながったのではないだろうか。

こういった理由から、アテネには「優秀な人」がまず集まり、あるいは日常生活を通して優秀な人がうまれ、結果として優秀な実績を残すに至ったと考えた。

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