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気まぐれに書評とか。

『ケネディ―「神話」と実像』

キャロライン・ケネディという人が、日本の大使館に就任したというニュースが飛び交ったのはつい最近だった。最近ではひっそりとニュースから姿を消してしまったが、それだけ公務が忙しく一生懸命働いているということだろう。だが、なぜこの人が日本中から注目されることになったのか。それは、アメリカの一時代を築いた偉大な大統領の娘だからである。

ケネディと聞いて、どういうイメージをもつだろうか。私は、ケネディといえば演説の名手であるというイメージが強い。就任演説で述べた、「Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.」ということばがまず思い浮かぶ。

彼は、国民に、主体的に国に関わるべきであると強調した。「みんなで政治をやろうぜ」――そう最初に言った政治家、というイメージが私にはある。


JFK Ask Not What Your Country Can Do For You ...

その他、私の学問領域で行くと、かのマイケル・サンデルが「ケネディを尊敬する」と自身の出演するビデオの中で述べていたことも印象的である。このように、アメリカ国内から、今なお絶大な人気を誇るのがケネディという人なのである。

そのほか、暗殺されたあの人ね、という印象をもつかもしれない。そしてよく人は言う。ケネディ家?あんな裕福な家庭にうまれたら、人生めちゃくちゃ楽しんでるよ。

大きな資産をもつ裕福な家庭に生まれた彼の人生は、一見順風満帆に見えるだろう。たしかに、私の目からしても彼の人生は比較的苦労の少なかったように見える。だが、実情はどうだろうか。

彼の幼少期は、すこし不幸であった。常に父親から兄と自分とを比べられ、さらに家庭で愛情を注がれることがほとんどなかったために、胃腸に不調をきたしてしまう。この歳で、である。胃腸に不調をきたしたことにより薬を投与されることになるのだが、そこで使用されたステロイドの呪縛が、彼を一生涯蝕むことになった。

幼少期はなかなか兄の影に隠れて頭角を現さなかったケネディだが、彼の転機は皮肉にも兄の死であった。競争相手がいなくなった。ケネディは父の期待を一心に受けるようになる。

彼は、なんだかんだで賢い人だった。とくに選挙戦略に長けていた。泥臭い人海戦術も展開の仕方がうまかった。テレビという最新機器を逆手に取り、ライバルだったニクソンとイメージ戦略で大きな差を付けた。そして見事、大統領当選を果たす。

だが、順風満帆に見えた政治生活も、決して平坦なものではなかった。ケネディが大統領を務めた期間に、ソ連との確執や国内の人権問題など、「難問」が数多く降りかかってきた。とくにピッグズ湾事件では大きな痛手を追った。フルシチョフにはお手玉のようにもてあそばれた。それでもケネディはめげなかった。常に機知に富んだ発想のもと、事態を打開していった。そこに、彼の強さがあったと思う。

が、そんな中ケネディは暗殺される。この暗殺は、後世の人びとがケネディを評価する際、彼の評価を大きく変化させる要因となっている。坂本龍馬と同じで、志半ばで暗殺されるとヒーローになれるという図式がここにもある。ケネディが在任中に行ったことは、正直地味だったと思う。ソ連との関係改善作戦は、かならずしも成功裏に終わったとは言いがたい。だからもしケネディが存命のまま在任期間を終えていたとしたら、ここまで評価が高まったということはなかったと思う。

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