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気まぐれに書評とか。

無用なプライドを捨てる

就活をしていて思うことがある。

ESが通るかどうか、面接で受かるかどうかというのは運だ。通るかどうか、受かるかどうかは運だから、それを自分で操作しようとしても無理がある。だから、「人事を尽くして天命を待つ」という姿勢が大切なのではないか。

だが、この「人事を尽くす」というところがもっとも難しいのである。就活では、何をすれば「人事を尽くした」ことになるのかが、とてもわかりづらい。だから、「答がない」ということばも聞かれるわけだ。

ただ、本当にそうなのか、と疑ってみる姿勢はもちろん大切である。

孫子の一節に、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」というものがある。これが本質なのではないかと最近感じる。そして、就活において「人事を尽くす」とは、まさに「彼(=企業)を知り、己(=自己)を知る」ことなのではないか。

したがって、企業分析と自己分析が、就活成功の鍵をにぎるはずだ、と合点した。

もちろん、まだ内定をとっているわけではないから、それらの方法論について語るわけにはいかない。内定をとってから、私が何をしてみたかということについて語ってみたいと思う。

今日こんな記事を書いたのは、就活で何をしたらいいか戸惑っている人をTLで見かけたためである。まず何よりも、企業分析と自己分析をきちんと行うことをおすすめしたい。これは多くのキャリアコンサルタントの方々も著書などで語っていることであるから、信じてもいいことだと思う。実際、これらをサボることなく入念に行わなければ、ESを書くときや面接を行う際に困ってしまうことは容易に想像できる。

自分には、就活を行わなくてもよいほどの人脈や力がない。だからこそ、与えられたものをきちんとこなし切ることが試されているのだなと思う。自力でルートを開拓するのは、学生時代によほどの人脈を作ったり、実績を残した人に限る。ただ、そういった人でさえも、自分という存在を面接で語るときには自己分析せざるを得ないだろう。

ましてや、実力を兼ね備えていないなら、無用なプライドは捨てるべきだ、と私は考える。人事を尽くすことは、ある意味でプライドを捨てることも意味しているのではないか。ただし、これは諦めの意味ではなくて、積極的なプライドの放棄である。つまり、与えられた課題を横道それるこそなくきちんとこなし切るということである。長いものに巻かれることも、案外悪くない。

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