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気まぐれに書評とか。

若者と中高年の溝

すごく興味深い記事を発見したので、いろいろ考えてみる。

新入社員に対して働く目的を尋ねたところ、2000年までは一貫して5%程度しかなかった「社会のために役に立ちたい」という項目が2000年を境に急増、2012年には15%まで上昇した。また「楽しい生活をしたい」という項目も2000年を境に急上昇し40%とトップになっている。  これに対して「経済的に豊かな生活を送りたい」「自分の能力をためす生き方をしたい」という項目は、逆に2000年を境に低下し、現在は20%程度まで落ち込んでいる。

http://news.kyokasho.biz/archives/16704

若者と中高年の大きな溝は、消費の仕方にある。若者の○○離れは、的はずれな中高年側の勝手な批判である。

私も91年生まれであるから、バブルをまったく経験せずに青春時代を送ってきた、この記事で言う「若者」になりそうだ。たしかに周りを見ていても、大部分は標準的な生活で満足している人が多い。「ベンツがほしい」「いい家に暮らしたい」という人はほとんど(というより、まったく?)いない。

この記事にも書かれているとおり、現在の中高年と若者とでは大きく意識が違う。働き方もまったく違うと思う。生活のために働くのではない。楽しく、できれば人から評価されたりかっこいいと思われながら働きたい。中高年以上の人たちのように、ギラギラした目で働くことは、今の若者で望んでいる人は少ないと思う。

また「プロテスト」な面は、とくに金銭感覚においてそうであると思う。40代以上は、青春時代にバブルで、その際ディスコで金を飛ばしまくっていた世代であるから、心の底では大量生産大量消費を望んでいるかもしれない。しかし、我々若者はそもそも「お金を大量に使う方法」を知らないから、当然両者の間で食い違いが生じる。

今の中高年はやたら日本の「拡大」を意識しているようである。しかし、これは今の若者の価値観とは相容れない。若者は、拡大することを望んではいない。というか、そもそも拡大の仕方を知らないのである。この差は大きいし、溝は埋まらない。

「若者の○○離れ」は、それゆえに無意味な現状分析なのである。そもそも使い方を知らないから無意味だ。ならばむしろ使い方を教えてやったほうがいいくらいだが、今の日本経済にそんな余裕はないから現実的ではない。アベノミクスでいくら景気がよくなろうとも、若者は消費を(大幅に)増やすことはないと私は思っている。

次に気になった点は、2000年頃のベンチャーブームの話である。確かに小泉元総理の時代には、ホリエモンなどのヒルズ族がたくさん登場したものの、我々は当時12歳前後だった。

この記事を書いた人は、2000年頃を以下のように評価している。

 少し意外なのは2000年には、ベンチャー企業ブームがあったり、構造改革の機運が高まるなど、日本の高い成長にまだ大きな期待が寄せられていたという事実である。結果的に日本は大きな変化を望まず、現在の停滞状態が続いているわけだが、当時の若者はすでにこうした状況を察知していたのかもしれない。ベンチャーなど競争をポジティブに捉える社会現象をよそに、保守的なマインドは着々と醸成されていた可能性が高い。

それもあるかもしれない。だが、そもそも若者はこのころ12歳〜15歳前後ではないか?一部を除いて、多くの子どもは国の政治経済に興味があるはずがない。つまり、こういうベンチャーブームがあったことを知らない人が多いだけなのだ。後に人伝いに聞いてその情報を手にしていることもあるだろうが、リアルタイムではそんなブームを知らない子どもが多かったと思う。そして高校生頃に徐々に世の中に興味をもちはじめ、ニュースを意識的に見はじめた頃にはリーマンショック(2008)が直撃し、結果「不況だ」「節約」「消費縮小」というイメージが植え付けられていると思う。

また、今の若者は日本から離れたいと思っている人は少ないようだ。記事にも海外転勤を望む若者は6割程度と書かれている。海外へ留学する人の割合は着実に減ってきているという話を聞くこともある。

ところが中高年としては、会社を「拡大」したいと思っているのだろう、若者をどんどん海外進出させたい。できればマーケットが拡大しつつあるアジアに、など。中高年は日本の市場に限界を感じているのだと思う。別にその選択が悪いとは思わない。

けれど、若者には、できればよく知った土地で仕事をしたい(地元志向)し、まして言葉も通じないような海外に転勤するのはさらに避けたい事態、という人が多いのだと思う。ここでもまた両者の間にギャップが生まれてしまっている。

大学に「グローバル化」の波がやってきており、実際にそういうカリキュラムも組まれ始めているが、聞く限り多くの学生は「自分が海外で3年、5年生活すること」は想定していないようである。あくまで「ちょろっと海外を見てくるか」のノリで、そういうカリキュラムを受けている人が多い。

このように若者の意識は一向に「拡大」へと向かおうとはしていない。成熟した社会をもつ日本では仕方のないことなのかもしれないが、中高年から見ればそれは物足りなく映る。

かつて日本は「Japan as No.1」と評された。自国に対してかなり高いプライドを今でももっている世代は存在している。そんな中で周りの国にどんどん追いつかれ、いつの間にか日本人は自信を失った。再び元の一等国に戻らねば。その焦りが上の世代にはあるのだろう。だが、若者はそれを望みはしない。そんなものは虚しいからだ。この間に生まれる溝が、政治や経済のさまざまな面において「余裕のなさ」という形で影響を与えていると考える。

デフレを脱却できない原因も、もしかすると我々が不況を経験し過ぎたがゆえなのかもしれない(私は人口のせいだとは思わない)。日銀が動かなかったからではなく、日本国民が苦境に立たされすぎて自信をなくしてしまったのではないか。

だから、とくに中高年が中国や韓国を余裕のある姿勢で見つめることもできなくなった。嫌韓デモなどの動画を見たことがあるが、参加しているのは40代以上の(と、思われる)人ばかりだった。若者はむしろ韓国レストランで食事を楽しんでいた。

かつて、圧倒的な経済力を誇っていた日本。だが、周りの国のキャッチアップのスピードがすさまじかった。日本経済はGDPを比較する限り、今でもよく健闘していると私は評価する。だが、周りの国の追いつくスピードがあまりにも異常だった。ほんの20年くらいまでは取るに足らないような経済力だった中韓も、もはや中国は日本を抜いたし、韓国の電子機器メーカーは日本の既存のメーカーを脅かすまでになっている。この中で、かつて日本を作り上げたと自負する中高年のプライドが傷つけられないはずはないだろう。

しかし、依然として日本は豊かな国だと思う。GDPでは500兆円を超えているし、一人あたりに換算すればまだまだ中国の数倍の規模を誇る。…と若者の私は考えるわけだが。中高年の方々はそうはいかないのだろうか。

もちろん日本社会には問題が山積みであるから、その解決に努力しなければなない。しかし、社会保障をはじめとする多くの問題は、旧来の経済成長率という想定のもとで考えるから生じるのである。ならば、そろそろ現実に合わせる努力をしてみてはどうか。

どうやら高成長を知る中高年の「拡大への焦り」と裕福な生活を送り過ぎた若者の「現状でいいじゃん」という思考の間に生じる摩擦が、日本全体の余裕をなくしつつあるのかもしれない。そしてこの溝が、多くの問題の解決を遅らせているのだと私は考えた。

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