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気まぐれに書評とか。

【書評】『北欧学のすすめ』

寝食を忘れて読みふけってしまった。本書は、北欧を勉強したいと考えるすべての人にとって最適の一冊である。北欧に関する基礎知識が、歴史・社会・文学・デザイン・言語という幅広いジャンルにわたって凝縮されている。「北欧入門」の一冊に、ぜひおすすめしたい。

北欧について、私自身が持っていたイメージは、高品質な福祉政策と社会保障政策を担保している不思議な社会というものだけだった。実際、知識もその程度でしかなかった。しかし、なぜ、北欧社会が高負担を容認してまでも高品質な福祉政策を実現し続けるのか、その理由が少しだけわかった気がする。その国の政策の形は、その国の歴史や文化などさまざまな角度から見つめない限り、真の姿を見出すことはできない。

北欧の社会を生み出した価値観とは何か。そのひとつは、「共生」という価値観である。これは、無意味な争いはやめて、みんなで平和に暮らそうよ、くらいの価値観だ。また、北欧には何か不自由な生活をしている人がいた場合、真っ先に「社会側に原因があるのではないか」と考える習慣があるそうだ。しかも、日本とは違い、社会のせいにしたままにはせず、実際に解決に向かって動き出そうとするところに、北欧の強さがある。これらの価値観が、高負担・高福祉社会を実現する一因となっている。

ただ、本書ではこれらの価値観が、ではなぜ発生したのかというところまでは踏み込んでくれてはいない。そこで少し考えてみたのだが、「プロテスタント」というキーワードが浮かんできた。実際、北欧諸国はプロテスタントの「ルーテル派(ルター派)」という派閥に入っているらしい。ここで気になってくるのは、M.ヴェーバーが著した『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という作品である。残念ながら私はまだ読破していないので詳しいことは論じられないが、ここに北欧を支配する価値観の根源があるのではないかという仮説にはたどりつくことができた。

北欧は教育にも力をいれているということをご存知の方も多いはずだ。特に注目されるのはフィンランドの教育で、この国の学力水準は半端ではない。他の国を大きく引き離して堂々の一位を連取している。

北欧教育の特徴は、なんといっても「考えさせる授業」を展開していることにあるという。これによって、フィンランドは「問題解決能力」という分野については堂々の一位を獲得している。また、この教育を受けた人たちが国の政治にあたるわけであるから、当然北欧の政策はもはや「画期的」と呼べるレベルにまで洗練されている。

さらにもうひとつ特徴をあげるとすれば、北欧は教育に携わる人間の質がとても高いということもあげられる。小学校以上の教育に携わる教員は、全員が修士号以上の学位をもっている。「教えることと学ぶことの専門家が教育に携わらなければならない」というフィンランドの信念には、日本人も学べる点が多いのではないか。

しかし、北欧が未来永劫安泰かといえばそうでもない。北欧には比較的経済力の弱い小国が多いからだ。小国であるから、どうしても他の北欧諸国に依存しなければ市場経済を安定させることは難しいだろう。また、安全保障という面でも小国であることはデメリットでもある。隣にはロシアがある。歴史上、ロシア・ソ連とは何度も衝突している。今後も衝突することがないとは言い切れないだろう。ここに北欧独特の舵取りの難しさが潜んでいる。

もちろん、質の高い教育を受けてきた北欧の人たちであるから、そんなことはとうの昔に織り込み済みだろう。実際、北欧にはノルウェーをはじめ、世界の平和を実現するため積極的に動いている国々が多い。これはめぐりめぐって北欧諸国の安全保障にもなる。

これから北欧はどこに進んでいくのだろうか。今後も注目せずにはいられなくなった。