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気まぐれに書評とか。

コンビニ冷蔵庫の件

「コンビニ冷蔵庫に入る」「ピザを顔にはりつける」といった行為が発端となり、Twitterをめぐって世間が騒がしくなっているように感じられる。それに伴って、いろんな問題点が浮上することとなったが、自分としてはいまいち納得できるものがない。

ふとタイムラインを追いかけていたら、こんなツイートが目に入る。そこから少し論点を整理しつつ、結局何が問題だったのか考えてみたいと思う。

こういった行為は、まず道徳的に許されざる行為である。今回の企業の制裁はある程度までは評価できるが、しかし少し厳しすぎたんじゃないかというのが私の見解。

 低学歴や思考力欠如ゆえなのか

まず、佐々木さんのつぶやきにもあるとおり、低学歴*1や判断力欠如*2といった点が原因となってこの事件が起きたのかといえば、8割違うと思う。残りの2割譲歩したのは、事件を起こした彼らが普段どんな人間だったかはわからないためである。本当に、(言葉は悪いけれど)いわゆる「バカ」だったのかもしれない。ここは直接知り合いではない私は「よくわからない」と結論せざるをえない。

先ほど私は、低学歴や判断力欠如といった点は8割関係ないとした。というのも、人が一時の思いつきで軽はずみな行動をとることは避けられないからだ。前にUSJで事件を起こした大学生は、「神戸大学」と「同志社大学」であった。これらは関西でいうと名門大学にあたる。つまり、学歴の高さは今回の事件にあまり関係がないということである。

もちろん、学歴が高ければ高いほど、それなりに勉強もこなしてきたため、こういった軽はずみな行動をする前に考える癖がついている可能性も高い。アホな行為をする確率も、いわゆるお勉強をしてこなかった人たちよりかは低くなるだろう。しかし、それでも、高学歴な人が軽はずみな行動を100%とらないと言えるだろうか。言えないのではないだろうか。「その場の空気でおもしろいからやってしまった」という経験は、誰しもが有していると私は思う。私自身もそうであるから。

そう考えると、低学歴や日頃からの判断力欠如が問題というよりは、むしろ「その場のノリでやってしまった、よくある突発的な行動」としておいた方がよいと私は思う。ここで、判断力が欠如しているから突発的な行動をするのではないかという反論も考えられるが、結局循環論法になりかねないと思う。

今回の事件は許されるものか?

今回の事件は許されるものかというと、私は許されないものだと思う。道徳的に正しいか正しくないかというのも論点になっていると思うが、それについてはただの「マナー違反」であると私は考えている。道徳的に正しいとか、倫理的に正しいというのは今回は必要のない議論だ。

そして、具体的に被害にあったというレベルの人はいないと思う。アイスケースに入ったことで雑菌が入り、それによって人が死んだというレベルではないはずだ。つまり、他者に危害を加えるようなものではなかったということだ。「危害を加える」レベルの話と「ただの迷惑」のレベルの話は厳密にわけて考える必要がある。これは、その後のローソンの措置の論点にもなると考えられる。

ただ、他者への迷惑という観点から見れば、確実に迷惑をかけたといえる。それはまずそのコンビニを利用するお客さんに対して。さらに、とくにローソンにとっては大迷惑である。ローソンの評価を著しく下げることになりかねない。

だから、「いい/悪い」で見れば「悪い行為」であるが、重い罰(一説によれば数千万の罰金など)を加えるほどの「悪い行為」ではないと私は考える。

ローソンはやりすぎか?

今回の制裁については、「やりすぎ」という人もいる。佐々木さんもそのうちの一人である。私も確かにやりすぎだとは思いつつも、しかしあのくらいしないと次から次へと事件が起こる可能性もあるので、舵取りが難しいなと思っている。

今回の事件は、事件を起こした彼にとっては若気の至りによる失敗であろう。そして、若いのだからたしかに再起させてあげたい。失敗を生かし、今後二度とこのような行為を行わないことを誓い、まじめに働く人間になれるよう、周囲の人や社会側からの働きかけ(励まし)も必要かもしれない。

しかし、企業(ローソン側)にとってはそうはいかない。なぜなら、このような行為は顧客に対して多大なる迷惑をかける行為であるし、なによりローソンの信頼を失いかねない行為だからだ。そしてこの事件をどう罰するかも大切である。その対応が甘ければ、世間から厳しい評価を加えられることになるからだ。

若気の至りを「次はやるなよ?」と暖かく見守ってあげたい気持ちと、企業側の都合のジレンマの問題がありそうだ。

ただ今回問題だったのは、それがSNS上に拡散してしまったことだった。となると、拡散スピードの速さから実際に次々真似する人たちが出てくる恐れがあった。実際に、私が確認している限りでは数件、そのような事件が起こっている。これは倫理学で言う、「すべりやすい坂」の話につながると考える。

「もしあなたがはじめの一歩Aをふみだすならば、あなたか、重要な点においてあなたと似ている別の行為者によって類似の行為が次々と連鎖的に行なわれ、その結果、行為Bが必ずなされるか、あるいは非常に高い可能性でなされるだろう。Bは道徳的に許容できない。したがって、あなたは第一歩Aをふみだしてはならない。」

http://kwww3.koshigaya.bunkyo.ac.jp/wiki/index.php/%E3%80%8C%E6%BB%91%E3%82%8A%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%84%E5%9D%82%E3%80%8D%E8%AB%96

つまり、ひとつの行為を行ったときに厳しくそれを禁じなければ、他者が次々とその行為を真似するのを許してしまう可能性があるということだ。

ローソンにしてみれば、別の店舗で次々と類似犯が出ると恐れたのだろう。だから、今回やってしまった彼を厳しく罰することによって、今後同様の行為が起こらないよう、事前に厳しく対処したといえる。倫理学的な観点からも擁護できる、もっともらしい話である。

だが、事件によって具体的に「被害」が出たのかといえば、そうでもない。ローソンのあの事件が原因となって人が亡くなったという話はなかったはずだ。強いていうならローソン側の評判が下がるという被害を出したとは言えるが、人がなくなったときにローソンが失う評判の損失に比べれば、はるかに軽い話だと私は思う。これを養護するために、少しミルの『自由論』から引用しておきたい。

ある個人の行為が、他人の有する法定の権利を侵害するという程度には至らないにしても、それが他の人々にとって有害であり、あるいは他人の幸福に対する当然な配慮を欠いている、という場合はありうる。このような場合には、その反則者を法律によって処罰することは正当ではないとしても、世論によって罰することは正当であろう。

『自由論』岩波文庫p.152より引用

ただ、少しミルに反抗しておくと、「世論によって罰すること」も今回は必要ないと思う。粛々と当事者間で済ませればいい話ではないだろうか。我々がすべきことはむしろ、放っておくことなのかもしれない。

だから、その点で、今回の措置は少しやり過ぎではないかなと思ったのである。

これを非難する人たちの姿勢

こういう行為はたしかにきちんと罰しておくべきだ。繰り返すが、決して看過してよい行為ではない。被害がでなかったにしても、お客さんを相手にする仕事なのだから、お客さんに売る大事な商品と場に、そのような愚行をしてよいはずはない。

彼らはたしかに少し幼稚だった。多分彼らはお客さんのことなどあまり考えずにアルバイトをしていたのだと思う。自分のことばかりを考えてアルバイトをしたり、あるいは生活をしていただろう、自己中心的な人物である。日頃の心持ちは、こういった場面でポロッとボロを出す結果にもなる。

と同時に、我々も、そういう行為を見ると「何馬鹿なことやってるんだ」と「やれやれムード」になってしまいがちである。実際、この事件に対するネットの反応を見るとそう感じられる書き込みがあった。だが、よく考えてみて欲しいのだが、それらのリアクションも結局感情論に過ぎないパターンが多いのではないか。反射的に「やれ!制裁しろ!」とコメントを書くのを思いとどまる勇気がほしい。極論を言うと、結局は「突発的な行為をしている」という点で、事件を起こした彼らと変わらないのだから。集団で、しかも簡単に人を非難してしまうことは、よくよく考えなければならない。

今回のローソンの制裁が「正しかった」とは言いがたい。企業が人の未来を奪っていいはずはない。FC解消しておまけに賠償金請求というのは、失敗を取り返すチャンスを奪うようなものである。それで本当にいいのか。そして、再起不能な、そういう社会が到来してもよいのか。悪は全力で殲滅すべきなのか。半沢直樹のように「倍返しだ!」とやり返すのが正しいのか。*3これはよくよく考えて生活しなければならない。

社会保障の話でもそうだが、日本社会の問題点はこの再起不能性にあると私は考えている。よってたかって叩かれたあとは、二度と立ちあがることはできない。これはおそろしい社会だ。人間である以上、失敗しないはずはない。だが、失敗することが許されない社会が、「空気」によっても、そして「政策」によってもできあがりつつある。これは、本当は怖いことではないか。

めぐりめぐって自分の身にふりかかるかもしれない。あすは我が身。私もSNSの扱いには気をつけたいと思った事件だった。

(ミルのテクストを実は誤読していて、それで叩かれる、というのも怖いな。あー(笑)。)

*1:低学歴の定義がよくわからないのだが、今回は、普段よく使用される「Fラン大卒」「高卒」「中卒」といったものを基準とする。それ以外はすべて高学歴としておく。

*2:少し思慮が欠けていると感じられる人のことを指すが、定義が曖昧である。

*3:半沢直樹にも情はありましたよね

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