multiplus

気まぐれに書評とか。

【書評】『良い戦略、悪い戦略』

(ほぼ)読了。

戦略を野心やリーダーシップの表現とはきちがえたり、戦略とビジョンやプランニングを同一視したりする人が多いが、どれも正しくない。戦略策定の肝は、つねに同じである。直面する状況の中から死活的に重要な要素を見つける。そして、企業であればそこに経営資源、すなわちヒト、モノ、カネそして行動を集中させる方法を考えることである。

本書の肝は、ほとんどここにあると言っていい。要するに戦略には「一点豪華主義」がつきものであり、それが大切なのだと。『Insanely Simple(邦題: Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学)』なんていう、ジョブズの仕事術をとりあげた本が去年売れていたけれど、それと同じようにまさに戦略も「シンプル」であるべきなのだ。

私自身の経験からいっても、これは間違いない。というのも、戦略をたてるときには「明日から実行可能か」「それは一行でまとまっているか」が大切だと、徹底して叩きこまれたからである。そして実際、そういった戦略はとてもうまくいった。なぜならわかりやすいからだ。なおかつ、それを自分の行動に移しやすいからである。

戦略策定は「分析」「立案」「実行」であるというのはよく聞く話だと思う。著者のルメルトも、それを以下のように表現してくれている。

  1. 診断:状況を診断し、取り組むべき課題をみきわめる。良い診断は死活的に重要な問題点を選り分け、複雑に絡み合った状況を明快に解きほぐす。
  2. 基本方針:診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す。
  3. 行動:ここで行動と呼ぶのは、基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動のことである。すべての行動をコーディネートして方針を実行する。

これは何の変哲もない、広く知られた戦略立案法だと思う。だが、これを知っていても、多くの企業やあるいは行政でさえもときに悪い戦略を立ててしまう。この差は何かというと、やはり1番の「診断(あるいは分析)」をきちんと行なっているかであろう。診断を行なって問題点を発掘し、それを解消するようにつとめなければ前進はできないのである。だが人は、目の前にある達成すべき目標にばかり目がいき、案外地盤を固めるという点に目が向かない。当たり前のことを当たり前にこなすのは案外難しい。

また、2番の基本方針についても注意すべき点がある。それは、以下の4つに示される通りだ。本書では「悪い戦略」の例としてあげられている。

  1. 空疎である:戦略構想を語っているように見えるが内容がない。華美な言葉や不必要に難解な表現を使い、高度な戦略思考の産物であるかのような幻想を与える。
  2. 重大な問題に取り組まない:見ないふりをするか、軽度あるいは一時的といった誤った定義をする。問題そのものの認識が誤っていたら、当然ながら適切な戦略を立てることはできないし、評価することもできない。
  3. 目標と戦略をとりちがえている:悪い戦略の多くは、困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っている。
  4. まちがった戦略目標を掲げている:戦略目標とは、戦略を実現する手段として設定されるべきものである。これが重大な問題とは無関係だったり、単純に実行不能だったりすれば、まちがった目標と言わざるを得ない。

私自身も、2と3をやってしまったことがある。これは苦い経験だが、そのときはやはりうまくいかなかった。当然である。重要な弱点を潰さずして、次に進むなど甘い考えでしかないからだ。

極論と持論を書くと、戦略は美しく(aesthetic)なければならないと思う。無駄な要素が大量に盛り込まれた戦略は、ただの雑文・乱文である。そうではなくて、一行で核心を突くような、そんなハンニバルのような戦略が理想ではないだろうか。