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気まぐれに書評とか。

「やりたいことをやる」

意識高い系の記事かと思った人は残念、それほど意識高くない記事である。

第一、この「やりたいことをやる」というマジックワードは疲れる。私はあまり好きではない。

ただ、私がお世話になっているとあるスクールの塾長の、Facebookでのつぶやき?ポエム?に共感したので記事にしておこうと思う。

「やりたいことをやる!」「やりたいことをやりたい!」というけれど、それは本当にいいことなの?という疑問が常日頃頭から離れなかった。これは圧力なんじゃないかと。ワタミを見てると特にそう思う。ない人はどうするんだよ、と。

私自身は、「(一生をかけて)やりたいこと」なんてものは特にない(好きなことはある)。それは運の勝負だと思っている。人生のうちで見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。どちらがいいとか悪いとかの話ではない。

やりたいことだけをやるなんてのは逃げ

当たり前の話だけど、「やりたいことをやる」ためには「やるべきこと」をやらなければならない。ただ、この当たり前のことを徹底することはなかなか難しい。

繰り返しになるが、やるべきことをやらなければ、やりたいこともやれなくなってしまう。

私は哲学を勉強しているのでその話で少し具体例を出させてもらおうと思う。私は現代思想を勉強したいと思っている。ドゥルーズとか、レヴィナスとか、メルロ=ポンティとか、そういうあれだ。とても魅力を感じる。

まずレヴィナスを理解するためには現象学を理解しなければならない。そしてその現象学を理解するためにはさらに、フッサールやカントも理解しなければならない。さらにカントを理解するためには…というように、哲学は先人の思想の積み重ねによってはじめて理解可能なので、必然的に勉強すべき内容は増えてくる。

だが、私ははっきりいって中世や近代の思想はやりたくない。フッサールも、まったく興味がない。興味がないけれど、やりたいことをやるためには、それらもきちんと押さえてから入らなければならない。レヴィナスドゥルーズのテクストを読んでもらえばわかるが、それらの先人たちの思想を理解していなければ到底それを読めないからだ。

みなさんもいくつかそういった経験があると思う。やるべきことをやらなければ、やりたいことなんてやれないのだ。もちろん、やるべきことは人によって基準が違う。そこまで言及するつもりはないけれど。

やりたいことは探すものではなくて、むこうからやってくるものだ

これは最近強く感じるが、やりたいことは必死になって探すものではなくて、むこうから自ずとやってくるものなのだということである。私がやりたいことが見つかるかどうかは「運」と書いたのもまさにそういった理由からである。そう、本当にそれは気まぐれで、あちらからやって来ればラッキーだし、そうでないことだって十分にある。

私自身は、やりたくないこともやりたいことも選り好みせずにとりあえずやってみた。あまり好きではなかった数学に手を出してみた。実務経験も積んでみた。インターンもしてみた。苦手だなと思っていた飲食店のホールも、少しのあいだだったけれどつとめてみた(案の定嫌いだったので長続きしなかった)。

いろいろ手を出した結果、チャンスもいろいろつかむことができた。私は今、そのチャンスのうちのひとつをつかみ、以前から好きで興味があったWeb関係の仕事をさせてもらっている。

ちなみに、このチャンスはあまり好きでなかった仕事のつながりで偶然手にしたものである。運は、嫌いでやりたくないことの中にも隠れているものだと改めて思う。

「人事を尽くして天命を待つ」くらいの姿勢で、「やりたいこと」が降ってくるのを待てばいい。そしてそれは今すぐである必要もない。

浅い経験で見つかるものはたかが知れている

知識の幅は思考の幅だ。狭い知識の幅で物事を考えたところで、浅い答えしか導き出せないと思っている。

だから、別に若いうちに方向性を定める必要はない。知識の幅が狭ければ、それだけつかめるチャンスの幅も狭い。検索バーで検索をかける場面を思い浮かべるといい。自分の知ってるワードしか検索できないだろう。それと同じで、自分の知ってるワードでしか物事を判断できないのは、仕方のないことだと思う。

したがって、別にいま現時点で「やりたいこと」の結論を下す必要はない。むしろ先送りしたほうがいいくらいだ。それまで、やるべきことをきちんとこなす。目の前のチャンスを確実につかむ。これが大切なのではないか。

やりたいことを見つけるには

やりたいことを見つけるにはどうしたらいいか。それは簡単な話で、ひとつは選り好みせず好き嫌い関係なく、目の前にあることを着実にこなすことである。またもうひとつは、いろんな場所に足を運び行動することである。そしてなにより、やりたいことをやっている人のそばにつくことである。

行動に踏み切るには少しエネルギーも人脈も足りないという人は、まずは「やるべきこと」を本当にきちんと最高のクオリティでやりきっていくことからはじめればいいと思う。何も派手なことをやるのがすごいんじゃない。そういう「やるべきこと」をきちんと確実にこなせる人もすごい。これはなかなかできることではないから。

やるべきことをやった上で行動に踏み切れる人は、どんどんいろんな場所に足を運べばいいと思う。いろんな人に会ったり、いろんな分野に手を出してみたり。ただし、嫌いそうだという理由でやらないことのないように。嫌いなことでも案外好きになれる部分はある。

やりたいことをやっている人のそばにいれば、その人がどうやってやりたいことを見つけたかを知ることができるし、またそのコツも直接聞くことができるかもしれない。

よくいわれることだけれど、「まずは飛び込んでみよう」、そして、「飛び込んでから方向修正をしていけ」ばいいんじゃないかなと。やりたいかやりたくないかで行動するのは一番まずい。

選り好みせず、目の前にチャンスがあれば、またやるべきことをがむしゃらにこなしていけば、必ず「やりたいこと」は見つかる。それは必ず見つかるから、今はあちらから手を差し伸べてくれるその瞬間まで駆け抜けるのだ。

自分は自分、他人は他人

そして、成功者たちの自伝をみて、「彼らは若いうちからやりたいことをみつけてやってきていてそれで成功した」と考える人がいるかもしれないが、彼らはあなたとは育った環境が違う。親も違う。だから、成功するスピードも違う。

あなたはあなただ。

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